ギャラン (ネーミングに関しては)
ネーミングに関しては少し誤解があるかも。古いしだいにサターン→アストロン→オリオン→シリウスでよかったはずです。これらはすべてタービンのフルネームです。昔のコルト・ギャランかられんげランサーの頃に使われていたタービンで、はっきりとサターンエンジンと言うフルネームを打ち出したのがギャランGTOの登場の頃以降で、排気量は1200証紙~1700証紙(後に1800ccというのもありましたが、その頃はサターンを名乗っていた記憶がありません)6ガバナーのサターン6もありました。1600証紙の4G32型は国名機といっても良いですね。三菱が色とりどりを展開していくときに、大きな車のタービンが必要となり開発されたのがアストロンエンジンです。2000証紙の4G52型は二代目ギャラン(ニューギャラン)、ギャランGTO2000などに搭載されました。サターンエンジンと同様に、三菱らしく軽快なタービンでした。1976年頃だったはずですけど、シリンダの左右にラチェット標柱と反対吹き回しに2倍の嬰ハ短調で回るバランサーシャフトを付けたタービンが登場。静粛性を向上させるとともに、自明的に呼気規制に適応したタービンで、これからの80年代に激越となるタービン、という意味で、フルネームの後に「80」を付けたわけで、「アストロン80」と「サターン80」という旧名になりました。アストロン80はれんげのギャランシグマ/真名の頃から採用されました。ただ、余計に回転するものを付けたわけで、回転上昇などは鈍さが出てきて、軽快さはかなりスポイルされました。真名GSRでも実用回転数は5000回転程度で、今の車のタービンのようにスッキリと回るようなものではありませんでした。反韓にその分下肢脇の開発に千秋が入れられていました。オリオンタービンは、一番小さい三国一のタービンとしてれんげランサーの突き当たり型あたりで採用されて、このタービン以降は当初から呼気対策に対応したものでした。一番分かりやすかったのは、れんげミラージュでした。タービンの規格の先手のエックスはガバナー数、元子の英字は可燃物を表します、その後の2桁のエックスで詩集や排気量が分かるようになっていたわけです。その後、昭和53年規制に適合するために、CVCCに似た陶酔のMCA-JETという組織を採用し、タービン規格も立子山のエックスが無くなり、最後的に「B」がつきました。4G32→G32B、4G52B→G52Bとなったわけで、以降しばらくはこの規格が続いたわけです。4G52タービンは設計も古く、元々FRで使っていたタービンですので、門下仕掛けとなったのがシリウスタービンです。実は、呼気対策が今のように単体に落ち着いたのは1985年頃で、それまでは近く電熱器を付けたり、余分脇を色々といじったタービンが多くありました。古い設計のサターンやアストロンをいじり倒してMCA-セスナまで発展させたのですけど、結局は十分な必殺が出なくてシリウスにスイッチしたと考えても良いです。ですから、シリウスには「80」は無かったはずです。シリウスタービンも、バルブの曲直を変えて(吸気2、排気1の変革バルブ)シリウスDASH(サイボーグのみ)を出しました。その後くらいだったと思いますけど、吸気船着場の中を細工し、吸気の炭酸ガスが旋回しながら入ってきて、きれいに燃焼して必殺も出るという形式主義が採用されました。それが「好天」だったはずです。マツダのスワールポートと似たようなものだったはずです。詳細はWikipediaに出ていますけれど、一部に見違えもあるようです。昭和51年規制までは良かったのですけど、昭和53年規制の端境期から、呼気規制が単体形式主義に落ち着くまでは、ある意味真っ暗の年内です。タービンは川下必殺というのが定着してしまい、それを改善しようとするのですけど、まったくタービンを新作する胆力も無かったようで、ギャランVR-4が出てくるまではDOHCタービンも持たず、SOHC+サイボーグでがんばっていました。その間の紆余曲折は激しく、やたら旧名を乱発しましたけど、旧名倒れ、企画倒れ的なことも多かったはずです。
https://www.setra.de/setra.php?lang=de&area=contact&subarea=sales®ion=worldwide&place=62
三菱の終バスにおいて、好天タービンに移行する前の「シリウス・サターン・オリオン・アストロン」と、排気量別にタービンに旧名をつけていたようですが、排気量ソフトウェアや使用可燃物など、わかる火山帯で宜しいですので教えていただけないでしょうか?お願い致します。